須海日記

すかいねん・すうみ

だいありー

こんにちはどうも。すかいねんです。またの名をすうみと申します。暇なときに適当に更新します。

Twitterで書けないような長いことを綴っていこうと思います。

 

【自己紹介】

なまえ:すかいねん、すうみ(須海)

年齢:17

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知ってる人ならフォロリク通します。つべは動画上げたいけど時間ありません。連絡等ある方は上のアカウントまで連絡お願いします。

 

以下好きな物紹介

ポケモン

アニメ:ダイパから

本編:アルファサファイアから(as,s,usum,sh)

ランクマ:知らん

外伝:ポケgo,レジェンズアルセウス

ポケカ:コレクター割合高め

推しポケ:ヌメルゴン系統、ランクルスギルガルド、ポリゴン2、ヒトモシ

推しキャラ:N、ホミカ

とにかくすき。SVは対戦結果出してJCS出たい。

 

名探偵コナン

 アニメから入りました。最初に見たのは原作76巻の探偵たちの夜想曲辺り。原作は全巻揃えました。原作で好きな話は「月光のソナタ殺人事件」「しゅうしろう事件」「探偵甲子園」「緋色の帰還」など。好きなキャラは赤井秀一、萩原千速、越水七槻、松田陣平など。映画はベイカ―街の亡霊、ハロウィンの花嫁辺りが好き。

 完結が近いって噂もあるけど終わりが見たいような、まだ続いてほしいような気持ちです。哀ちゃんがコナンくんと結ばれて欲しい、、、。

 

【五等分の花嫁】

 アニメから入りました。つべでタダで見れた時期最高。1期は一花と三玖、2期を見たら三玖、、、かなあ?原作を読んでから四葉一筋です^^。映画、一番くじ、グッズなどなどたくさんお金を使ったし、2回見た映画はたくさん泣きました。これで終わるのが残念な気持ちもあるけど、外伝的な感じで他の4人が花嫁になったらっていうifの話も見てみたいです。好きなシーンは四葉の「全力で応援します!」のシーン。あの笑顔が一番好きです。ごとぱずも始めました。

 

進撃の巨人

 はじめんがアニメを上げてたので手始めに2周しました。初見からペトラがずっと好きです。23年にアニメ完結するらしいのでちゃんとNHKにお金払っておこうと思います。ちなみにアプリで最終話まで読んだけど、ちゃんと原作全部並べたいです。あとはサシャも可愛い。ガビめっちゃ嫌いだったのに四葉を好きになったせいであやねるマジックに陥りました。ファルコの巨人かっこいい。

 

約束のネバーランド

 初めて漫画を読んで泣きました。多分何度でも泣ける。特に19~20巻は。推しはアイシェなのに天変地異が起きたせいで影像で拝めなかったのは恨んでる部分もあるかもしれない。アニメの1期は素晴らしかった。2期はシェルターに誰もいなかった地点から見てられなかった。終わり方もなんだかなあって感じで、原作準拠で作り直してほしいくらいです。途中の話は難しくて回収されてないかのような伏線もたくさんあるので考察するのも楽しいですね。

 

【YOASOBI】

 何をきっかけにしてハマったのかを思い出せないのが本当に辛いですが、はじめてCDを買ったアーティストです。YOASOBIをきっかけにしてボカロを聞き始め、syudouさん、Chinozoさん、バルーンさんなどと言うたくさんの素敵なボカロPの方々に出会えたことはとても幸せなことだと思っています。

 YOASOBIの歌で好きなのは「あの夢をなぞって」。バラードバージョンのほうが好きです。あのテンポとサビの歌詞が堪りません。ティザー一番好きなのは勿論「もしも命が描けたら」何度見ても鳥肌が立ちます。基本的には全部好きです。ラジオも聞いたし、僕の興味を多方面に広げてくれたアーティストです。絶対いつかライブに行きたい。

 

【競馬】

 めっちゃいい感じの話した後ギャンブルかよって思うかもしれないですが賭けたことはありません。なぜなら馬券が買えないから。最近半永久的に過去のレース見たりしてます。ダービーとオークスは予想通ったけど、儲ける買い方を勉強したいですね。小倉にも佐賀にも地方競馬があるので大学生になったらおウマさん見に行きたいですね。ドウデュースに凱旋門勝って欲しいですね。楽しみです。ちなみに見始めたきっかけはウマ娘じゃなくて3DSのソリティ馬ってゲームなんですけど知ってる人いるんですかね。

 

【野球】

 いつの日からかハマりました。スポーツ観戦は全般好きだけど野球が一番面白いと思ってます。ちなみに鷹党です。ずっと強いホークスしか見てなかったので弱いホークスに免疫がなくてもどかしい日々が続いています。最近はなかなか現地観戦もいけてないけど、オールスターとか日本シリーズも見に行ってみたいですね。

FLOWER

お久しぶりです。すかいです。

僕は花火を見に行きたいのです。

 

 

夜の空を飾る綺麗な花

街の声をぎゅっと光が包み込む

音の無い二人だけと世界

聞こえた言葉は

「好きだよ」

 

 

好きな女の子とふたりで、花火を見に行きたい。浴衣を着て。でも僕がその子のことを好きってだけじゃだめなんだって思っています。

 

何億という人口の中で、お互いにたったひとりと巡り合って、想い合って、伝え合うのはなんで素敵なことなんでしょう。そしてなんて儚いことなんでしょう。

 

奇跡に近い巡り合い。ひとりの気持ちじゃ決まらない。ひとりがいくら想っても、叶わないこともあるのが恋。

 

きっとあの子は誰かを想って、その人のために笑顔を振り撒くのかもしれません。その相手が自分だったらいいのにと、何度思ったことでしょう。

 

 

夢の中で見えた未来のこと

夏の夜、君と、並ぶ影が二つ

最後の花火が空に昇って消えたら

それを合図に

 

 

夢に溺れて、夢を信じて、夢を追いかけて、幻想だと知って、諦められずに、ゆめを作り上げて、幻覚で騙して、また溺れていく。

 

夢なんて見なければ良かった。

夢でもいいのに。

何度も思い描いて。

 

浮かべる彼女のすがたは、僕が作り上げた幻想。実際の彼女を、僕は一部分しか知らない。

 

だからこそ、夢を見てしまう。

なのになぜ、いつまでも追いかける。

 

きっといい出会いがあるなんてわからない。

今の僕にとっては、彼女が最上に思えてしまう。

 

 

いつも通りの朝に

いつも通りの君の姿

思わず目を逸らしてしまったのは

どうやったって忘れられない君の言葉

今もずっと響いているから

 

 

最後に会ったのが遠く昔のように、

最後に遭ったのがつい昨日のように、

僕の中の記憶に彼女が、刻まれている。

 

先に立たない後悔と、不完全な諦めが交わって、いつかの記憶を回想する。

 

本当なのか嘘なのか。

なぜここまで彼女に惹かれるのか。

僕には何もわからない。

ただ彼女の笑顔だけが目の前に浮かぶ。

 

 

夜を抜けて夢の先へ

辿り着きたい未来へ

本当に?あの夢に、本当に?って今も

不安になってしまうけどきっと

今を抜けて明日の先へ

二人だけの場所へ

もうちょっと

どうか変わらないで

もうちょっと

君からの言葉

あの未来で待っているよ

 

 

いつになるかはわからない。相手が誰かもわからない。生涯で一番好きだと思える女性と、花火を追いかける日を信じて、僕は明日も夢をなぞる。

 

どんな未来が待っているのかは誰にもわからないけど。人生は結果論。たらればなんて存在しない。既成事実だけが現実で、幸せかどうかなんて先にはわからない。

 

だから、今を大切にして、今の自分が幸せになれるように生きていきたい。

 

その選択の結果として、夢見た道が拓けていれば僕は彼女より笑っているかもしれない。

 

人を好きになるって、今の僕にはわからない。きっと未来の僕もわからないだろう。でも過去の僕が君を好きだったことは覆しようが無い。

 

忘れられたら楽なのにな。

こくそう?

 やるべきだろ。

 

 そして、反対意見として考えられるのは①統一教会問題②お金の問題③安倍氏が残したモリカケ問題の主な3つだ。

 まず、今回の死去が国葬を実施しようという運びになったのは、安倍氏が首相として残した功績や歴代最長の在位期間を鑑みてのことであろう。まず、実施すべきだという考えは十分に理解できる。

 次に、反対の根拠となっている3つの問題をひとつずつ考えていこう。

 ひとつめの統一教会問題に関しては、国葬の是非とは全く関係のないことだと私は考える。何故なら統一教会と関連があったことと、安倍氏が世界的な外交の功績を残したこととは結びつかないからである。ただ、統一教会という組織が存在すること自体が大きな問題であることは言うまでもない。しかし国葬の実施と統一教会は全く関係がないのである。(この組織が今回の実施のために裏で手を引いているならば別であるが、そもそも国会や内閣との関係を絶つべきであり、そうすれば問題はなくなる。)

 ふたつめにお金の問題である。これが僕が考える唯一の問題と言って良い。そもそもとして当初提示されていた費用は2.5億円であるが、この額に関しては戦後唯一の吉田茂氏の国葬費が現在の方にして約7000万円、2020年に中曽根氏の合同葬を行った時の総額が約1.9億円であり、この額からしてみれば高いのではないかと思うかもしれないが、僕は妥当だと思う。

 しかしなぜかどんどん額が大きくなっているのだ。現在では18億円とも言われている。これには当然批判もあることだろう。政府が言うには海外の要人の警備や滞在費のようだが、元はといえば相手側が見舞いたいというのをまとめてやることにしたわけでもあるのだから、参列した側が負担するべきではないだろうか。前例では資料が見つからず前回はどこが負担したのかは定かではないが、葬儀に参列する者として香典(仏教ではこう言うけど他の宗教は知らない。が、恐らくこのようなものがあると考えている。)を支払うのは当然であると思うし、日本の警備では信用にならないことがつい先日明らかになってしまったので信用できる警備を連れてくるのは明らかである。だから会場とその周辺の警備を用意するに留め、参列者から申し出があった場合のみそこにつければ良いから、この18億円は実質としてもっと抑えられる(ている?)ものだと思うわけだ。

 ただ、税金の使い道に関してはさまざまな意見が出るのは当然なので、費用を理由にして国葬を批判すること自体を否定することは不可能なのだ。

 みっつめに安倍氏が残した問題に関してだが、日本人は安易すぎる。在任中は散々叩き、やめた瞬間手のひらを返して「良い首相だった」と称えた。それは亡くなった直後も「あんなことはあったけど」と惜しむ声が多かったことでも明らかなのである。それなのに国葬を実施すると言い出した瞬間にその問題を掘り返すのは安易以外の何物でもなく、本当に理解し難い。(ずっと一貫している人の考えならば受け入れられるが。)だから僕としては一度土に埋めた問題を掘り返すこと自体が理解し難い行為なのでこの批判の理由自体が理解できないと言うことだ。当然、問題ではなかったかといえば全くそんなことはないが、全ての首相がマイナス要素がゼロかといえばそうではなく、さらに長い期間在任しているわけだから問題が起こるのも当然と言えるのである。それを実績で補えれば全く問題にしないのではないかと言うわけだ。

 

 さあ、みっつの要素について考えてきた。なぜかどんどん費用が嵩んでいるのは僕としても問題だと思う。しかし参列したいと言う海外の要人がおり、彼の実績を鑑みても実施すべきだと言うのは僕としては言うまでもないのだ。

 しかし疑問はもう一つある。どうして岸田は国民に説明しないのかと言うことだ。何かの記事で見たが、当初岸田は中曽根氏のケースと同様に合同葬の形式をとる考えだったようだが、ある人物の一声で全額国費で賄うように変えたらしい。その人物は麻生太郎

 岸田が説明をしないのか、それとも国民を納得させる理由が見つけられないのかは言うまでもなく後者に違いないが、「聞く力」をスローガンにして総裁選を戦った人間とは思えない行動である。こんな人物に一国のトップを任せてしまっている現状こそが今回の議論を巻き起こした原因であることは間違いない。このまま彼に総理大臣を任せれば、この国に未来はないだろう。

 今回の国葬でも、多数の海外の要人と対話できる外交の機会と捉えることもできるが、彼にチャンスを物にできるとは思えないので、安倍氏に生き返ってもらう他ないのかもしてない。

 何のための国葬になってしまうのだろうか。国葬はすべきだと思うが、する旨味がないみたいなよくわからない話になってきた。

 岸田のせい?そうなのね!

 

おわり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

切斷すべきか

麻痺でめっちゃ痺れるとか急所めっちゃ当たったことで萎えて切断するのはまあわかる。運負けだから。

でもさ、ただの実力不足で負けてるのに切断するのは理解ができない。もっとこうしてれば勝てたやろって思うし、そもそもその行動違うだろと言うのがあって。

切断されて困るのは順位がすぐに反映されないこと以外にもバグって何故か対戦自体が無かったことになると言うのもあるのでちゃんと降参すべきだと思います。

中学の卒業式の話

 もう、2年も経つらしい。

 

 一斉休校の中で県立入試を迎え、級友とは久しぶりに顔を合わせた。どんな話をしたかとかは覚えていないが、きっと入試の話でもしたんだろうな。

 体育館に並べられた椅子に腰掛け、一人ひとり、名前が読み上げられていく。「はいっ」と言う返事と共に立ち上がる。みんな立ったら振り返って礼をする。

 そんな卒業式を想像していた。

 実際、その前の年に目の前で見ていたのだから考えるのは当然である。ステージに掲げられた『第〇〇回卒業証書授与式』の文字。『卒』の文字が美しかったのを覚えている。二度と同じ形が描けないのが習字だから、自分の時にはどんな形をしているだろうと楽しみを膨らませた。

 それなのに……。

 面接練習の時間を割いて練習を作った仰げば尊しの合唱も、こんな奴がいたなとか、みんなで笑い合えるはずの呼名も、楽しみにしていた習字すらも拝むことはできなかった。

 普通の日常が、どれほどかけがえのないものなのか、僕の笑窪が現れることはなかった。

 

 

 ちなみに手書きじゃなかったのは今でも意味がわからないしめっちゃ恨んでる。節目の年だったのに、、、許せねえよ。